ミザル(ミザール)のシドは、神闘士の中で明確な"元ネタ"が存在しないキャラクターです。
ほかの神闘士たちは、トール・フェンリルが明らかに北欧神話に由来を持っており、
ジークフリート・ハーゲン・アルベリッヒ・ミーメは(一見)ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』の登場人物から名前が取られています。
なので、いわば神闘士内のオリジナルキャラクター枠である……とも思えるのですが。
が、シドは別のところから……アスガルド編がそもそも『聖闘士星矢』のアニメオリジナルパートであることを考えれば、
"最も星矢世界に近い"ところにルーツというか、共通点を持つキャラクターである。とも言えるのです。
週刊少年ジャンプ・1988年(昭和63年)13号掲載の外伝「氷の国のナターシャ」の1コマ。(画像は『聖闘士星矢 Final Edition9』より)
キグナス氷河を主人公とした外伝で、技を放っている(氷河と敵対している)のは
この技「ブルーインパルス」は、アスガルド編第92話でシドが使用していました。
というか、漫画とアニメの違いはあるものの、アレクサーのブルーインパルスってどういう技なのか全くわからないので(^_^;)
ぶっちゃけると同じなのは技の名前のみ、と言えるでしょう。
「氷の国のナターシャ」そのものはアニメ化されていませんが、
敵役である
すなわちアスガルド編の参考にされたように思います。
まずは「氷の国のナターシャ」本編から得られる情報を整理してみます。
永久凍土に住む民とその国。氷河は気候が厳しすぎて数世紀前に絶滅したと聞いていた。
実際は少数が生き残っていた。(ナターシャのセリフからすると)シベリアに存在している模様。
統治者はピョートル。子供がアレクサーとナターシャ。
争いを好まず細々と生きていくことを選んでいたが、それに反対し日の当たる場所に出る(征服する)ことを主張し続ける息子アレクサーを永久追放する。
それから5年後、舞い戻ってきた息子に殺害された。
(ブルーウォーリアー)
氷河によると、神話の時代北極を中心に君臨した最強の軍団。その力はアテナの聖闘士にも劣らぬという。
ナターシャによると、兄のアレクサーに従っている。つまりアレクサーがリーダーである。
見た感じ、アレクサーの側近クラスと、聖域でいうところの雑兵=下級兵士で構成されてるぽい。
なお、ブルーグラードの主要キャラクターは全員ロシア人名。(アレクサーは多分、原型はアレクセイでしょうか)
「氷の国のナターシャ」が掲載された週刊少年ジャンプ13号は、wikipediaによると1988年2月23日発売。
(この号でジャンプは創刊1,000号を達成。同年は創刊20周年だったそうです。)
約半年後、1988年8月10日発行と記載され登場したのが『聖闘士星矢コスモスペシャル』。
いわば設定資料集で、「大聖戦史」という星矢世界の設定解説があり、この中で
(アテナが倒した)ポセイドンの魂を監視すべく、何人かの聖闘士が北極へ赴き、定住し、ひとつの国家を築きあげたという。
これがのちに
「氷の国のナターシャ」本編では全く出てこなかった設定ですが、
その後派生漫画『聖闘士星矢 THE LOSTCANVAS 冥王神話』12巻でこの設定(海皇ポセイドンに関係する)を活用した外伝が描かれたとか。
アスガルド編と比較してみると、
ブルーグラード→アスガルド 北欧(スカンジナビア半島、含むアイスランド)に存在する神の国。
神オーディーンを崇め、地上代行者のポラリスのヒルダの元戦いを好まず、細々と暮らす。
ヒルダが(ポセイドンに)ニーベルンゲン・リングをはめられ変貌したことで、日の当たる場所に出ること(地上征服)を目指すようになる。
北斗七星を守護星とする正規の七人と、影の神闘士が一人存在。
アスガルドにはほかに近衛兵と、下級兵士たちが存在する模様。
これは偶然なのかどうかわかりませんが、氷戦士(ブルーウォーリアー)・神闘士(ゴッドウォーリアー)と呼び方も一部共通していますね。
それと、(外伝の方は設定で一応触れられた程度ですが)ポセイドンに関連しているところも。
そのほかに。
アレクサー→技「ブルーインパルス」がミザルのシドの技に。
ナターシャ:捕らわれた氷河を介抱し、父殺害を企てる兄を止めてくれるよう依頼。→フレア:捕らわれた氷河を解放し、姉ヒルダを止めてくれるように依頼。
このように対応している、と思われます。
『聖闘士星矢』は、漫画は1985年(というか、調べるとほぼ1986年冒頭)に連載開始され、1986年10月にはアニメが始まっているので
当時よくあったことではありましたがほぼ同時進行状態であり、原作に追いつかない時間稼ぎのためにたくさんの小編アニメオリジナルが挟まっていました。
アスガルド編はおそらくそれを解消する目的で製作された、半年間(2クール)の長編オリジナルでした。
当然、アニメスタッフもリアルタイムで原作星矢の進行を追いつつ製作作業をしていた、と思われます。
アスガルド編は、(敵の設定が一部共通する、劇場版『神々の熱き戦い』を含め)外伝「氷の国のナターシャ」の要素を取り込みながら作られた。
少なくとも、ミザルのシドの技は「ブルーインパルス」を流用し、その形で放送されたのは事実です。
アスガルド編第75話(2話)で、フレアと合流したアテナと青銅聖闘士たちのところにポラリスのヒルダと七人の神闘士がやってきてにらみ合いになった際、
キグナス氷河とにらみ合うのがミザルのシドなのは、そういった加減だったからでしょうか。
といっても、ここでの青銅聖闘士たちはペガサス星矢・氷河とアンドロメダ瞬の3人だけ
(ドラゴン紫龍は中国五老峰の彼の師・老師のもとへ、フェニックス一輝はこの時点で合流せず)だったんですが( ̄▽ ̄;)
星矢はドゥベのジークフリートと、瞬はベネトナーシュのミーメとにらみ合いしてました。
ただその後、瞬は(兄一輝も)ちゃんとミーメと戦い、星矢もちゃんとジークフリートと戦ったのに
"原作外伝で氷河と対峙したアレクサーと同名の技を持ち"ここで対峙したにもかかわらず、
(神闘士の本拠地ワルハラ宮で)シドと戦ったのはアンドロメダ瞬で氷河じゃありませんでした(笑)
まあこれは、シドには実は双子の兄(影の神闘士)であるバドがいて、青銅聖闘士の中で兄弟である瞬と一輝と対比させるためそうなったのでしょうが、
結果的にはある種の肩透かしになってしまっています。
ここから先は、元ネタとまでは言えませんが、シドとその兄バドが双子であるという点から、北欧(ゲルマン)神話に現れた双子と私が見ている存在について、
またその「双子」にも、アスガルド編のシドとバドにも関わっている「双子のストーリーパターン」を見ていきたいと思います。
『北欧とゲルマンの神話事典』によれば、「ゲルマン民族の伝承には、多種多様な姿の対偶神が現れ、多くの登場人物が対になっている(例えばフレイとフレイヤなど)。
これらはいずれも双子の神話であ」るとあります。
そういえばフレイとフレイヤは、スノッリのエッダなどで見る限りではどちらが兄姉・弟妹とも明言されていません。
同じように原典で明言はないものの、実は双子なのではないかと私が見ているのは
オーディンの息子バルドルと、その殺害者になったアース神・ホズ(またはヘズ)の二人です。
古代北欧歌謡集『エッダ』(以下、詩のエッダ)では、バルドルを(宿り木を射て)殺害することになるのがホズ、
と語られていますが(「巫女の予言」「バルドルの夢」で言及)
『スノッリのエッダ』49章では、バルドルが"あらゆるもので傷つくことがない"誓いに守られているのが面白くなかったロキが
その誓いに加わらなかったのが宿り木だけということを聞き出し、それを盲目のホズに射させてバルドルを死なせたと語られています。
詩のエッダのバルドル神話にはロキは登場せず、上のことが語られているだけなので、なぜホズがバルドルを殺害したのかは不明なのですが、
「ロキの口論」でロキは「バルドルがこの先、館に馬でやってくるのが拝めなくなるのは、おれのせいなんだぞ」と発言していますので
スノッリのエッダはこの詳細を別の資料から得て再話したもの、とも考えられます。
一方、スノッリのエッダと同時期にデンマークで書かれた『デンマーク人の事績』第三の書では、バルドル=バルデルはオーディンの息子である一方
ホズに当たるホテルはホトブロードという王の息子で、兄弟(双子)でないどころか種族すら別(神と人)になっちゃってますが(笑)
(そしてエッダ神話ではバルドルの妻で殉死までするナンナは『事績』ではホテル=ホズの妻になり、バルデルの求婚には神と人は一緒になれませんとまで答えていますw)
ホテルは自分の意志で、エッダ神話同様不死身に近い存在であるバルデルを倒す剣を手に入れ彼に打ち勝つ、という見事なヒーローパターンを踏襲しており、
殺害の道具に利用されたわけではなく、ついでに言いますとロキの姿はどこにもありません。
そういった(個人的にはもっと知られてほしい)別バージョンもあるのですが、とりあえずはエッダ神話に基づいて話を進めますと、
バルドルを殺害し、その報復に命を奪われることになったものの、スノッリに従うならロキに利用されただけで罪はないともいえるホズは
「巫女の予言」ではラグナロクで世界が滅び新生したのち、バルドルと共に復活しています。
さて、なぜバルドルとホズを双子と見るかと言いますと
この二人には双子のモチーフによく見られる「対照要素」があるからです。
『スノッリのエッダ』22章で語られるバルドルは、
「最もすぐれた神で、誰一人彼をたたえない者はない」「容貌が、それは美しく、輝いているので、彼から光が発しているほどだ」
「彼はアース神のうちで最も賢く、雄弁で優しい神なのだ」
と、口を極めて褒め称えられ、ほとんど良いことばかり述べられている一方ホズは29章で
「盲目だが、すこぶる力は強い」
それ以外はその所業(バルドル殺害)ゆえ名も挙げたくないとアース神に思われている、と書かれているのみです。
バルドルは「光を発する」一方、ホズはそれゆえロキに利用された「盲目」という特徴を上げられ、つまりは闇の中にいる存在とも取れます。
そしてもう一つのバルドルとホズ双子説の根拠は、『詩語法』(スノッリのエッダ第二部)に出てくる彼ら二人のケニング(言い換え)。
12章のバルドルのケニング(一部省略)は
「オーディンとフリッグの子」「ホズの敵」「ヘルの友」「涙神」
20章のホズのケニングは
「盲目のアース」「宿り木を射る者」「オーディンの子」「ヘルの友」「ヴァーリの敵」
珍しいことに、両者は何人ものアース神に使われる「オーディンの子」を除いては、ただ一つの共通のケニングを持っているのです。
言うなれば、ある種の同一性を有しているとも取れます。
そのケニングが「ヘルの友」になります。
エッダ詩「バルドルの夢」では、ロキの娘で死者の世界を統べるヘルが「美しい壁ぎわの高座」「バルドルのためにかもされた蜜酒」を用意し、
歓待の準備を整えていたことが語られます。
ケニングでは「友」という言葉は、女性に対しても使われる(妻に対して「床の友」といった形で)のを考えると
「ヘルの友」は意味深なケニングになりますが、ホズにも使われているのはヘルにバルドルをもたらしたのがホズだから。という意味合いなのでしょうか?
バルドルとホズを双子と考えた場合、彼らのストーリーパターンは"双子の片割れがもう片方を殺害した"となります。
神話の世界において、このパターンに当たる登場人物でぱっと思い浮かぶのは、ローマ建国神話のロムルスとレムス。
新たな街を作る段になってこの双子の兄弟は仲たがいし、戦争になってレムスが殺害されたとも、
また双子の兄をからかう目的で建設中の城壁を飛び越えたレムスをロムルスが殺害した、とも言われています。
何年か前、インターネットで以下の画像を見ました。
「双子が登場する(不幸)物語のパターン」といったテーマだったかと思います。
北欧神話のバルドルとホズ、そしてローマ神話のロムルスとレムスの「双子の片方がもう片方を殺害する」のは、
いわば「片方死ぬ」の別バージョンであり、わりと頻繁に登場するストーリーパターンではないでしょうか。
そしてやっとこさ話を戻して(;^ω^)アスガルド編のシドとバドは、
「戦う運命」を除いてこのパターンすべてを成立させてしまっているんですね。
(赤子のころバドが捨てられることで生き別れ、再会できたらまずシドが死に、結局バドも死亡。)
さらにシドとバドも、エッダでのバルドルとホズのように「対照要素(コントラスト)」が際立っている双子です。
それは光と影、または日向と日陰の要素です。
双子として名門貴族の家に生まれながら、バドは「双子は家を滅ぼす」という伝えの元に捨てられ、貧しい庶民として育ちました。
その事実を知って自身の運命と兄弟のシドに対して負の感情を募らせ、それをばねに実力を培っていったバドでしたが
長じて名門貴族を継ぐ立場の片割れであるシドは正規の神闘士となり、一方のバドは選ばれたものの「影の神闘士」として、
主君であるヒルダのほかには誰にも存在を知られることもないままでした。
文字通り「日陰の立場」を地で行っていたわけです。
「片方が恵まれ片方は貧乏くじを引く=片方は日向を歩み(光)片方は日陰に置かれる(影)」という設定も、双子の物語の王道パターンと言えるかもしれません。
ただ、バドはシドに"両親も自分もあなたのことを忘れたことはなかった"と告げられたことで救われました。
(双子の物語の悲劇パターンを踏襲した)悲しい結末ではありましたが、
結果シドとバドの物語は、アスガルド編の中では数少ない救いのあるものになったと言えるのではないでしょうか。
参考文献
『聖闘士星矢 Final Edition9』車田正美 秋田書店
『聖闘士星矢 コスモスペシャル』集英社
『エッダ ――古代北欧歌謡集』訳・谷口幸男 新潮社
スノリ『エッダ』「詩語法」訳注 訳・谷口幸男『広島大学文学部紀要43 特集号3』より
『北欧とゲルマンの神話事典 伝承・民話・魔術』クロード・ルクトゥ 篠田知和基・監訳 広野和美、木村高子・訳 原書房
『デンマーク人の事績 GESTA DANORUM』サクソ・グラマティクス 訳・谷口幸男 東海大学出版会
『ローマの神話』J・F・ガードナー 井上健/中尾真樹 共訳 MARUZEN BOOKS
車田正美ファンにはおなじみの「車田ぶっ飛び」または車田アッパーカットの一種でしょうね。
アニメ=シド版も、結局効果付きで天高く吹っ飛ばしてるだけという点では一緒になりますか(笑)
劇場版聖闘士星矢・第二作『神々の熱き戦い』の予告では、敵側の戦士たちはボスであるドルバル含めて「アインヘリヤル五勇士」と呼ばれていました。
(この予告編映像は、『聖闘士星矢 THE MOVIE BOX』のDVDには映像特典として収録されています)
もしかすると、外伝の氷戦士に合わせる・または取り込む形で神闘士と変更された可能性もあります。
同様の肩透かし現象には、オープニング主題歌「聖闘士神話(ソルジャー・ドリーム)」でオーディーンローブをまとった星矢がジークフリートと対峙している、
終わってみれば無意味だったシーンがあります。カモフラージュだったのかもしれませんが。
某所でこれを期待してたのにという意見を聞いて、私は全くなんとも思ってなかったのですが、ま〜確かにウソ予告だよなこりゃ、とは思いましたねw
今は昔の話ですが、当時の少年ジャンプはあてにならない次回予告=ウソ予告が名物でしたっけ。