フェクダのトールの元ネタは、言うまでもなく北欧神話を代表する神の一人、雷神トールです。
神のトール同様ミョルニルという武器を持ち……ハンマーと呼んではいるもののどう見ても斧(バトルアックス)で、しかも2本に増えていますが……(笑)
赤ひげではないものの(しかし厳密には雷神トールを赤ひげとしているのは、ノルウェー王オーラヴ・トリュグヴァソンを描いたサガのみのようなのですが……。)、
顎周りと頬に立派なひげを生やしています。
ここまでヒゲの多いキャラは大体老爺か、間違っても主要人物にはならない野卑なチョイ役がほとんどなイメージで
若くてそれなりの役割を持つキャラクターには珍しいのではないか、と思います。(と言ってもトールは最初に出てきて主要な出番は2話のみ、とも言えますが)
このページでは、フェクダのトールのアニメ本編中での描かれ方と、北欧神話の神トールとの合致する点を主に挙げていこうと思います。
それは、「女性に救われている」という点です。
フェクダのトールは神闘士唯一の庶民の出であり、猟師(狩人)を生業とし、貧しい人々に獲物を分け与えるため
禁猟区である神聖なるワルハラ宮の森で狩りをしていました。
そのため衛兵たちに追われ、処罰されそうになったところを白い愛馬で現れたポラリスのヒルダに助けられ
腕に負った矢傷を彼女の力で癒されたのでした。
これ以後トールはヒルダに絶対の忠誠を誓い、神闘士の中でもヒルダに最も忠実な一人となります。
では、北欧神話のトールを見ていきます。
数ある巨人族で唯一決闘を挑んできたフルングニルを倒したものの、トールはフルングニルの武器であった巨大な砥石の破片で額に傷を負いました。
(不可抗力とはいえ、トールが巨人との対決で負傷というのは珍しいですね)
治療のためにやってきたのがグロアという巫女。
彼女のまじないで額にめり込んだ砥石が動いたことを喜んだトールは、彼女の夫アウルヴァンディルを巨人国から助け出した話をします。
しかしそれを聞いたグロアはうれしさのあまりまじないの続きを忘れてしまい、砥石はトールの額に残ったままとなりました。
全部外れてから話してあげたらよかったのに。という、誰でもするだろうツッコミをしましてと。
その2.
トールが対峙した中でも、ゲイルロズという巨人は策略家・力で頼れる仲間(家族)が複数いる・本人も強力な武器を持つ、という点で
難敵の部類に入るのではないかと思います。
最初にゲイルロズは鷹に変異していたロキを捕まえ、「トールにミョルニルの槌(と、力を増させる力帯)を持たせず連れてくること」を条件に解放しました。
トールはゲイルロズの招待を受けて出かけますが、その前にグリーズという女性の巨人の家に泊まります。
(グリーズはオーディンとの間にヴィーザルという息子を産んでいるので、どちらかというと神側の味方なのでしょう)
グリーズはゲイルロズが油断ならないことを伝え、彼女の持つ杖・鉄の手袋・力帯をトールにレンタルしました。
グリーズの道具は見事にトールを救い、(多分父親の指示で)トールに襲い掛かった娘の巨人たち・ギャルプとグレイプは返り討ちにされます。
その後ゲイルロズは真っ赤に焼けた灼熱の鉄塊を(火ばさみで掴んで)トールに投げつけますが、
グリーズの手袋でつかんで投げ返したトールにより倒される結果となりました。
つまり、グリーズの手助けがなければトールはゲイルロズ(一家)に倒されていた可能性すらあったのですから、
グリーズは非常に重要な役割を果たしたことになります。
このゲイルロズとの対決の話には、もう一つポイントがあります。
トールはゲイルロズの屋敷で襲われる前に、渡った川を増水させていた女性巨人――ゲイルロズの娘のひとりギャルプを撃退しているのですが
川から上がろうとした際、ナナカマドを掴んで上がりました。ゆえに、"ナナカマドはトールの救い"と言われるようになったそうです。
フォルケ・ストレムの『古代北欧の宗教と神話』によれば、多くの場所で神聖な木であったナナカマドは
より古い時代には(主にスカンジナビア半島最北端のサーミランド(ラップランド)で)
「ナナカマドの擬人化したものが一層古い段階にあってはソール(トール)の配偶者とみなされていた」そうです。
ナナカマドの名の由来は、七回燃やしても(七度かまどに入れても)燃えないという俗説からだとか。つまりとても火に強く、腐敗にも強い、
それゆえに日本では雷・火災よけとされ、北欧では魔除けとされていました。
雷神の妻がナナカマドの擬人化として、つまり雷神=怒りっぽい・危険な神をものともせず共に暮らしていけるから?
などと思いついたのですが、実際どうなんでしょうか。
ただゲイルロズ神話での件は、掴んだから川から上がれた(スノッリの原文では出てきませんが、足を滑らせたから、と再話している北欧神話書籍もあります)、
ゆえに"トールの救い"なので、ストレムの著作で示唆されていたように、そこには忘れ去られた深い意味があったのかもしれません。
なお、"トールの救い"は古ノルド(北欧)語では Thórsbjörg となり、ソルビョルグという女性名になっています。
女性が雷神トールの救けになったというエピソードのラストは、巨人フルングニルとの対決についての別バージョンからになります。
フルングニルは頭部が石製で、持っている盾も石製、そして武器は巨大な砥石でしたが、トールの従者シャールヴィが計略を用いて
トール様は地面の下からお前を狙ってるぞと呼び掛け(モグラみたいに掘ってくるんかーい!)、フルングニルは地面に置いた盾に飛び乗り、
防御物がなくなったところにトールが姿を現し……という風に、スノッリの『詩語法』では語られていますが
スノッリより約300年前、ノルウェーの詩人・ショーゾールヴが著した詩『ハウストロング(長き秋)』の同じ場面は
"戦いのディース"たちがフルングニルの盾を足の下に飛び込ませた、となっているそうです。(モグラになってるトールより不自然だー!!w)
まあ不自然なのは置いておいて(^^;)、スノッリよりも古い時代の北欧では、トールはディース・つまりヴァルキューレのように戦いや死に関わる一方
女性のお産を助け、一族の長の守護者にもなるとされる女性の精霊(たち)のサポートを得てフルングニルに勝利した、とされていたわけですね。
ここまでほぼ戦闘がらみですが、唯一戦闘が無関係な女性(女神)のサポート要素は、
オーディンが変身したと思われる渡し守・ハールバルズとトールの言い争いを主題とした『ハールバルズの歌』になります。
ラストで、ハールバルズがトールに言います。
「ヴェルランド(人間の国)に着くまでは左の道を行け。そこでフィヨルギュンは息子のトールを迎えて、オーディンの国まで、同族の道を教えてくれるだろうよ」
何一つ具体的な神話がないトールの母ヨルズ≒フィヨルギュンですが、神の国アースガルズまで息子トールに道を教える、という活躍(^^;)をしています。
強引かもしれませんが、こうして元ネタの北欧神話を見ていくと"女性の助け"を(結構な頻度で)得ている強き男(神)、という要素が
日本のサブカル界でもかなり早い段階で雷神トールをベースにしていたキャラクター・神闘士トールにもあるのは興味深いと思います。
最後に、もう元ネタとは関係していませんがwひとつの疑問の答えを探ってみます。
そもそも、フェクダのトールはなぜ神闘士に選ばれたのか。
昔"ミョルニルハンマー"を持っているからでは? という推測を見たことがあるのですが、
まぁ確かに、貧しい庶民と思われるトールがあんな立派な武器を持ってること自体不自然(2回目)ではありますが(笑)
その辺りを推測できるような背景の描写が全くない以上、証明にはなりませんね(^^;)
(ベタネタでいくなら先祖代々受け継いでいた……とかあるかもしれませんが)
他の神闘士たちは、ミーメを除いてはすべてアスガルドの貴族の出身(アルベリッヒ・シド・フェンリル)か近衛兵(ジークフリート・ハーゲン)。
要するに女王にしてオーディーンの地上代行者であるヒルダに仕え、周囲を固めている人たちです。フェンリルは家が没落して野生児してましたけども
ミーメは身分的には曖昧なものの、アスガルド一の勇者と言われた男フォルケルの養子です。
それを考えると、一介の庶民のトールが選ばれたというのはますます不思議です。
あの体の大きさ、そして回想シーンでワルハラ宮の兵士たち複数をいなしている身体能力と格闘センスが要因なのかもしれませんが、それでは味も素っ気もないので(笑)
(神闘士のうち、回想で人間相手に戦っているシーンがあるのはトールだけです。ミーメのは修行ですしね)
やはり、ヒルダとの関係が深いから……というのが最も大きい気がします。
といっても、常にそばに仕えていたジークフリートたちに比べれば身近な存在とは言えないのは確かですが、
命の恩人という事実は本当に大きいです。
かつてyoutubeのまとめ動画系で、アスガルド編の一番の犠牲者はトール、という一文を見ました。
youtubeの前にもそういった意見を聞いたことはありましたが、トールは神闘士唯一の庶民。
ゆえに聖闘士との戦いさえなければ、この先も平和に暮らせたかもしれない……ということを指しての発言と思われます。
それも確かですが、もし戦いがなければ、トールは二度とヒルダと会うことはなかったでしょう。
ヒルダを守り、仕える神闘士になれたことは、そのこと自体は彼にとって、栄誉以上の何よりの喜びだったのではないでしょうか。
参考文献
『エッダ ――古代北欧歌謡集』谷口幸男・訳 新潮社
スノリ『エッダ』「詩語法」訳注 訳・谷口幸男『広島大学文学部紀要43 特集号3』
『北欧神話物語』K・クロスリイ-ホランド 山室静、米原まり子・訳 青土社
『古代北欧の宗教と神話』フォルケ=ストレム 菅原邦城・訳 人文書院
【文庫クセジュ】『北欧神話100の伝説』パトリック=ゲルバ 村松恭平・訳 白水社
『北欧神話』菅原邦城 東京書籍
The Haustlong of Þjóðólfr of Hvinir Edited by Richard North Hisarlik Press
『北欧神話』H・R・エリス・デヴィッドソン 米原まり子、一井知子・訳 青土社
北欧神話のラグナロク(神々の没落・世界最終戦争)後にはトールの息子たちであるマグニとモージが生き残り父のミョルニルを受け継ぐ、とされてますが
ミョルニルの槌は1本しかないから、多分交互に使うんですよね(笑)
アスガルド編のフェクダのトールみたく2本あったら、1人ずつ持てるのになぁ……という、だからなんだってな話です。
また複数の北欧神話書籍には、神トールのハンマーは古い時代には斧(ヴァイキング時代、ヴァイキングの主要な武器のひとつ)であった――
落雷を象徴したものの変形である、とされています。
北欧神話をまとめ上げ、最も知られており重要な資料となっている『スノッリのエッダ』は、雷神トールの容姿については何も述べていません。
著者スノッリが大いに参考にしたと思われる『古エッダ』と呼ばれる歌謡集では、トールの容姿については
「スリュムの歌」において「(ミョルニルの槌がなくなっているのに気づき烈火のごとく怒り)鬚をふるわせ、髪をふりみだし、大地の子(トール)は手探りして探した」
この一文のみで語られています。つまり、ヒゲが生えてることは確定です。
ネット上で複数回、フェクダのトールは19歳という話を耳にしまして。
どこが出所なのか。それはわかりませんがアニメ星矢のスタッフなら確定事項となり、シド(とバド)より年下ってことになります(笑)
(双子は子ども時代の設定資料に10歳と書かれており、同時に登場していた両親のそれには10年前と書かれてますので20歳です)
でも今になってアニメ本編を見ると、背丈とヒゲを置いても若いことは間違いないなー、と思うのですが(少なくとも第77話は。作画的にw)。
原文では「ゲイルロズの娘のギャールプが川の両岸をまたいで立っていた。この女が水かさをましていたのだ。」となっています。
下ネタ話をぶっちゃけますが、つまり放尿で水かさが増えたってことですね。
『完全保存版 聖闘士星矢大解剖』(サンエイムック 2020年)のフェクダのトール紹介(P88)でのミョルニルハンマーは
「フェクダの神闘衣が装備する、一対の巨大な戦斧」となっていますが、
アニメ第74話(アスガルド編第一話)でフェクダの神闘衣が現れた時、
側に立っている私服のトールは既に両手にミョルニルハンマーを持ってますw
ので、ミョルニルハンマーは元からトールの所有品、ということになります。
ですが、フェクダの神闘衣の腰部分はなぜかミョルニルハンマーを収納できるようになってます。(それを考えると、上の思い違いも無理もないかもしれませんが)
一方、メグレスのアルベリッヒがアニメ中でヒルダ様に与えられた神闘衣に付属していた、と語っている炎の剣。多分神闘衣に収納できるところはありませんw
ついでにトールはじめとして『大解剖』での神闘士の紹介文、どこかのwikiで見たことがあるような……w
この勇者というのも(ファンタジーRPGならともかく)具体的には何を指しているのか、よくわかりませんが……。
隣国との戦に参戦した、という点からすれば軍人でしょうか。アスガルド一というくらいなら身分のある軍人でしょうし、
それなら部下の兵士たちを率いているはずですが、回想を見た限りじゃ単独行動でミーメの実父とタイマンしてますしね(笑)
ついでに(演出上入れられなかったんでしょうけど……多分)アスガルド一の勇者ならオーディーンの地上代行者が住まうワルハラ宮と無関係なはずはないのですが、
ワルハラ宮やヒルダとかかわった描写も皆無ですね。
ミーメは養父フォルケルとの関係描写に重きを置き過ぎたのもあって、ヒルダとは完全に無関係なキャラになっているように見えます。
実際、アニメ本編では最初から最後まで一度たりともヒルダの名を口にしてませんし。
さらに言いますと、アスガルド一の勇者である養父を殺害という重罪を犯しておきながら、処罰などはどうなっているのか? も一切不明です。
要するに、昭和の子供向けアニメだからと言ってしまえばそれまでですが、結構ツッコミどころあるよなって話です。