先ほど協議が行われた同じ部屋に、同じように神闘士たちが集っていた。今回はそこに、アルコルのバドも加わっている。

「出撃前にお集まりいただいたのは他でもありません。束ね殿の倒した皇闘士ラグーナから得られた情報をまとめることができましたので」

メグレスのアルベリッヒはそれについて語り、続けて言った。

「以上のように、皇闘士ラグーナは光神ヘイムダルによって、我々の知識を与えられていると考えられます。

すなわち既に手の内を知られているので、厳しい戦いになるでしょう」

語るアルベリッヒを見据えている、6人の神闘士たち。

「こういった場合は正攻法に頼らぬことをお勧めしますね。敵を油断させ、不意を突くのが最良です。

簡単に言えば、だまし討ちこそが最も有効かと」

アルベリッヒはちらりと、苦虫を嚙み潰したような表情のメラクのハーゲンを見る。

「それぞれご意見はあるかと思いますが、我々の敗北はすなわちアスガルドの滅亡を意味します。お忘れなきよう。ですが」

声の調子が変わった。

皇闘士ラグーナは戦いの素人から無造作に選ばれた、所詮は急ごしらえの者ども。

いくら現在アスガルドで最強の、神闘士の束ねたるジークフリート殿と戦う羽目になった……相手が悪すぎたとはいえ」

眼だけを動かし、ドゥベのジークフリートを見たアルベリッヒが続ける。

「本来神闘士を倒す実力を備えていなければならぬ身でありながら、あっさりと倒される程度。

下位の皇闘士ラグーナで残るは、戦闘経験皆無の元侍従と小娘。

神闘士であるあなた方が全力で当たれば、持ちこたえられぬ可能性も高い。ただし」

アルベリッヒが、神闘士全員を見渡す。

皇闘士ラグーナには、侮れぬ未知の要素もあります」

彼が語ったのは、崩れ落ちた別邸跡で目撃した、"フリムファクシ"の秘術セイズ――ユグドラシルに巣食う蛇たちの召喚術だった。

「ラタトスクのシャールヴィの武器にも、おそらく秘術(セイズ)がかけられていたのでしょう。

奴自身がかけたものかは不明ですが、皇闘士とはすなわち秘術セイズの使い手である、という可能性もあります。

現時点ではあくまで可能性にすぎませんが」

ジークフリートはアルベリッヒを見据え、話を聞いている。

「我らに不利なのはその情報が皆無な事。ワルハラ宮書庫の書物にさえ、詳細を記したものは見つけられませんでした。

おそらく、秘術セイズはその使い手たちの間で口伝で継承されてきたために、文字に残ることがなかったと思われます」

腕組みをしているアルコルのバド、その隣に立つミザールのシド。

「残る下位の皇闘士ラグーナと対峙する際には、努々注意を怠られませんよう」

いつもどおりの静かなたたずまいのベネトナーシュのミーメと、唇を結んでいるアリオトのフェンリル。

「また皇闘士が口にした、"女神アテナの仲間の戦神"という言葉ですが」

アルベリッヒがさらに続ける。

「これはオリンポス十二神の一柱・アレスの事でしょう」





聞きなれない、かつ思わぬ名に、一堂に会した神闘士たちの間に驚愕が走る。

「天帝ゼウスの息子の一人で、女神アテナにとっては兄弟。海皇と冥王ハーデスにとっては甥に当たる神。

オリンポスの神々のうち最も凶暴にして、人々を常に殺し合わせる、血に飢えた神と伝えられていますね」

そこでアルベリッヒは目を閉じた。

「我が先祖、アルベリッヒ13世の著した『神話伝説大全』によれば、アレスの配下の者どもは狂闘士バーサーカーと呼ばれました。

その呼び名のとおり戦闘に狂い、攻撃を受けても一切怯むことなく敵を虐殺し、

戦いの最中目前に立つ者は、愛する者であろうと容赦なく手に掛けると伝わっています。

まさに戦と殺戮にのみ生きる存在と言えましょう」

再び目を開く。

「13世の記述では、かつて神話の時代、オーディーンらアース神族はアースガルズに攻め込んできたアレスと狂闘士バーサーカーを何とか撃退したものの、

アレスらの洗脳によって殺人狂となった味方の軍勢に悩まされる事となったそうです。皇闘士ラグーナの話とも一致しますね。

そしてその血筋は」

アルベリッヒはちらりとフェンリルに目を向ける。

「血に狂いし"狼の毛皮をまとう者"―――ウルヴヘジンとして、アスガルドに受け継がれた」

重い沈黙だけが流れる。




「このアスガルドは、神々の國アースガルズであった時代から、ヨトゥンと呼ばれたギリシャ出身の巨人族・ギガースの侵略を受けてきました。

現在我々の敵となっている雷霆神フロルリジは、オーディーン以外で唯一ギガースに対抗できたアース神です。

私が推測するに、ギガースとはおそらく、天帝ゼウスと冥王ハーデスの協力によって作られた者たち。そしてアレスと狂闘士バーサーカーの侵攻にも晒され、

結果狂闘士バーサーカーと特徴を同じくするウルヴヘジンの血が、アスガルドの戦士の一部に残る事となった。つまり」

アルベリッヒは冷めた笑みを浮かべて、神闘士たちを見た。

「海皇の策略による指輪の変のはるか以前から、アスガルドはオリンポスの神々の脅威に晒され続けていたのです。

むしろ海皇は女神アテナに封印されるという、世界を制する三神の一柱にしては無様な状況にあった故、出遅れたのかもしれませんね」

「我々はその脅威に対して」

ジークフリートの低い声。

「あまりにも無防備すぎたのだ」

「そうなりますかね。しかし束ね殿。こうなると、フェンリルをビルスキールニル討伐に加えるのはまずいかもしれません」

ジークフリートがアルベリッヒに目を向けた。

「彼がウルヴヘジンの血筋であることを最古の二神は知っています。利用される危険性は大いにあるかと」

微かに意地の悪い微笑みが、アルベリッヒの唇に浮かぶ。

「束ね殿は、どうご判断されますか?」




ジークフリートはフェンリルに向き直り、彼を見据える。

「俺は……」

向き合ったフェンリルが、声を絞り出す。

「俺は、ヒルダ様と、トールを助けたい。神闘士として戦いたい」

彼はまっすぐに、ジークフリートを見た。

「……連れて行ってくれ!」

ジークフリートが口を開こうとしたその時。

神闘士全員の頭の中で、同時に声がした。

"ふぇんりるもつれていきなさい"




全員がはっとした表情になる。

「ヴォルヴァ様……」

"あなたがたには、おーでぃーん・さふぁいあがあります"

小さき巫女は、精神感応(テレパシー)によって神闘士たちにこう告げた。




オーディーン・サファイア。

それは7つを集め、オーディーン像の北斗七星の台座にはめ込むことでオーディーン・ローブを召喚できる星命石。

オーディーン・サファイアは神闘衣に据え付けられている本来の状態……つまり神闘衣の守護石としても、幾つかの作用を持つ。

その一つが、洗脳系の攻撃に対するある程度の防御力であり、

戦神アレスと狂闘士バーサーカーの襲撃後、オーディーンの戦士らを守る対策として付与されたものであるという。

「兄さん?」

兄の何か言いたげな表情に気づき、シドが声をかける。

「フェニックスの攻撃には効果がなかったぞ。サファイアのない俺はともかくとしてミーメの場合はどうだったのだ」

「ああ……」

直後に、またヴォルヴァの言葉が脳内に届く。

"あのときのげんまけんというこうげきは、せいしんをはかいするよりも、きおくをよびさますこうかをもたらすものとしてきのうしていました"

そして小さき巫女は言った。

"このたたかいは、あなたがたのしゅくめいです。のまれぬよう、こころしなさい"


出陣の時が訪れた。

 




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