ビルスキールニルの一室に入り、待ち受けていたかつては顔なじみであったディートリッヒ家の子息…… 今は倒すべき仇敵である、ダーインのグンターと対峙したミザルのシド。 「久しぶりだね、シド。前に会ったのはほんの数日前だったはずだが……随分長い時が経った気がするよ」 周囲を見て取り、グンター以外に人の気配がないことを確認したシドは 語りかけてきた彼を冷たく見据えて言い放つ。 「お前には聞きたいことがある、グンターよ。なぜ雷霆神に与し、父祖の国たるアスガルドを裏切った」 グンターは軽く苦笑を浮かべる。 「この国を父祖の国と呼ぶことに今や何の意味もないのだよ、シド。 フロルリジ様は新たなる法則にして秩序、来るべき新世界そのものであるお方。これだけ聞けば十分だろう? ――ところで」 にこりと笑いかけ、告げる。 「君の兄上もこの部屋にいるんだね? 影の神闘士として」 その言葉にシドは身構えた。 「かけがえのない家族であるはずの兄上と君が、これまで共に暮らせなかったのは何のせいだい?」 グンターは、手にしていた"薄い小型の板のようなもの"を、まとう鎧・ 「双子は家を滅ぼすなどという、古ぼけたくだらぬ迷信。そのためだ。 しかしアスガルドを一歩出れば、今時そのような戯言を信じるものなど誰もいない。 我々はあるべき進歩から取り残されているのだ。 それもこれも、虚偽に過ぎないアスガルドの神聖を守るなどという名目のために!」 そう言い放った語気は、これまでより多少荒く聞こえる。 その時、高らかなラッパの音が二人の頭上で鳴り響いた。 シドは思わず顔を上げ、音の発生源である方向を探る。 「ふふ。長く続いていたアスガルドの大いなる虚偽と欺瞞。これが終わりの始まりだ!」 グンターが嬉々とした表情で言った。 「―――どういうことだ」 向き直ってシドは問い、内心思う。 (奴はこれで二度、虚偽という言葉を使ったが……) 「聞かないでくれたまえ、シド」 グンターが首を振りつつ、こう続けた。 「私はその理由を告げたくはないんだ。今まで自分が信じ、拠りどころとしていたものが、 跡形もなく崩れ去っていくのがどんな気分なのか。 それを君にまで味わってほしくはない」 彼は腰の剣を抜く。 「ここで君は死ななくてはならないが、友人へのせめてもの情けだと思ってほしい」 切っ先を、グンターはシドに向けた。 「かつてアスガルドの学び舎・フレーグンナゴルヴ随一の優秀な生徒であり、 今はあのジークフリートと並ぶ最強の神闘士と恐れられる君とても」 グンターの足元から漂う、異様な気配。 「 シドは構えを取り、攻撃に備える。 異様な気配はますます強まっていく。 「DONNER PUPPEN!」 グンターが身体の正面に持った剣を捧げ持ち、そう叫ぶと同時に異様な気配は最高潮に達した。 シドの足元から、突如黒光りした鋭い突起が現れ、飛びかかってくる。 次々と、同じ突起が床から飛び出しシドを襲う。 (――――これは!) それはこの現世に、実体を持たぬ者たちからの攻撃。 飛び退きかわすと同時に、 シドは神闘士の一員であり、同時に神闘士に選ばれる以前から見知った中でもある名家の子息・ メグレスのアルベリッヒを思い出していた。 彼が所属する宮廷祭司の一族・アルベリッヒ家は、代々精霊と意思を通じ、 その力を借りて古来より様々な不思議の技を駆使できると言われている。 以前。 アスガルドでは稀有なことながら殺人事件が起こり、追撃された殺害者はある森の奥に逃げ込んだが 後日森の入り口で、不可解な状態の遺骸となって発見された。 その森はアルベリッヒ家の所有であり、管理はアルベリッヒ自身が行っていた。 ワルハラ宮を取り巻く神聖なるグラシルの森、さらに奥まった聖所であるオーディーンの森。 そのまた奥に位置する該当の森はあまりに辺鄙な場所な上、遠くからでも言い知れぬ不気味な雰囲気をまといつかせていたため 普段から誰も近づこうとすらせず、事実上の禁処となり果てていた所であった。 一度、アルベリッヒに尋ねたことがある。 殺害者の死にお前はかかわっているのか、と。 「さあ? どうでしょう」 取り澄ました様子で答え、ニヤリと笑ったアルベリッヒから 僅かに感じられた気配。 今この場での、グンターが繰り出してきたのであろう"攻撃"が発している気配に、実によく似ていた。 おそらくこれは、彼の使役する精霊のしわざ。 「ハッ!」 シドの指先を通じて、大量に放出される凍気。 小宇宙により、長く伸びた鋭利な武器と化した爪の先から放たれた強烈な凍気が、 触れた瞬間精霊らしきものたちを凍り付かせる。 凍結したクワガタの大顎に似た巨大な突起の群れは、その状態で刹那に引き裂かれた。 しかし、大顎の形をした精霊たちは次々と出現し、さらに攻撃を仕掛けてくる。 シドは壁に足を揃え跳躍し、向かってくる精霊に凍気を放ち 反対側の壁に飛ぶと、そこからグンター目掛けて今一度跳躍する。 グンターは手にした剣を構えていた。 「バーニ・ベリヤ・ビャルトル!」 その叫び声が意味するところを、シドは瞬時に理解する。 "巨人ベリの輝ける殺害者"。 それは神の國アースガルズを武勇をもって守る、勇猛にして高貴なる神の一柱、ユングヴィ・フレイを讃える称号のひとつ。 振り上げられた剣は叫びと同時に、一瞬でその姿を変えた。 剣身が枝分かれするかのように突如複数の突起を分岐させ、牡鹿の角、 もしくは古代より極東の日ノ本に伝えられる" 神話によれば、神ユングヴィ・フレイは神々の黄昏ラグナロクの際にはすでに所有していた必殺の剣を失っており、 ゆえに牡鹿の角を振るって、襲い来る巨人の軍隊の一員・ベリを倒すと言われている。 牡鹿の角のごとく変化した剣が輝きを放つ。 グンターは向かってきたシド目掛け、雄たけびを上げて剣を振り下ろした。 小宇宙を込めて、シドは目前に咄嗟に氷の盾を現出させる。 盾は枝分かれした剣の一撃の前に砕け散り、その間に着地したシドは後方へ飛び退き距離を取った。 グンターが角化した剣の切っ先をシドへ向け、 新たなクワガタの大顎に似た精霊たちが、グンターの周囲の床から大量に姿を現す。 「さすがに、そう簡単に君を倒すことはできないようだね。とはいえ、いつまで避けられるかな?」 またしても、シドの足元から襲い掛かる大顎の精霊たち。 「ハァッ!!」 右手を構え、シドはそれらに向けて凍気を放った。 |