光神ヘイムダルは歌っていた。




Þá kömr Hlínar harmr annarr fram,

er Óðinn ferr við úlf vega,

en bani Belja bjartr at Surti;

Þá mun Friggjar falla angan.





オーディーンの妃フリッガに、二度目の悲しみが迫り来る。

オーディーンが巨狼フェンリルに向かい戦うとき、

巨人ベリの殺害者たるユングヴィ・フレイは、輝きながら炎の巨人スルトに立ち向かう。

その時、フリッガの愛しき夫オーディーンは倒れ伏すだろう。





それは巫女の予言ヴェルスパの、ラグナロクの最高潮クライマックスを謳う場面。

光神の耳には届いている。

皇闘士ラグーナグンターに与えた神器、その名を霊剣サンポという―――が、

ビルスキールニルの一室で神闘士を狙い、轟音を立てて荒れ狂っているのを。

グンターの声が被さって聞こえる。

「そう、これは神の武器―――偉大なる"富の分与者"、ユングヴィ・フレイに関わる霊剣サンポだ!」

勝利を確信した、歓喜にあふれた声。

「これは本来三方に根を張っている、それこそヴェルスパが謳う宇宙樹ユグドラシルのように! 数は三分の一少ないがね!」

彼と戦う双子の神闘士は、ひたすら無数とも思える刃を避けるほか術がない。



光神は微笑を浮かべつつ、

グンターに"ある事実"を告げたときのことを思い起こす。




女神アテナの聖域における、最強の戦士は黄金聖闘士ゴールドセイントたち」

光神ヘイムダルは目前に控えるグンターに柔らかく言った。

「しかし牡牛座タウラスの聖闘士は、神闘士ミザルのシドに倒された―――そのように見られているが。

もし牡牛座タウラスの黄金聖闘士がまともに反撃できたならば、ミザルの神闘士はその場で最初に倒れた神闘士になっていただろうね」

「なっ」

驚愕したのだろう、顔を上げたグンターは咄嗟に声をのみ込む。

「そ、それはヘイムダル様……黄金聖闘士はシドよりも強い……ということですか」

彼に向って微笑んでみせる。

「し、しかしヘイムダル様。黄金聖闘士は十二宮での青銅聖闘士との戦いで、数を半数以下に減らしたと聞いております。

ならば神闘士で対処することは十分可能なのではないのでしょうか?」

いいや

優しい笑みと穏やかな声で、ヘイムダルは続ける。

「指環の変の端緒、牡牛座タウラスは最初の拳の一撃を避け、次の瞬間アルコルの影の神闘士の拳で倒れた。

つまりそれは、反撃されればミザルの神闘士は無事では済まぬとの判断からだよ。

結果的には、影の神闘士のその決断がある意味でアスガルドを救った、と言えるかもしれないね」

「そ……それは、いったいどういう……」

「その時ミザルの神闘士が倒されていれば、十二宮の黄金聖闘士は襲撃者の正体を突き止めてのち女神アテナが出るまでもないという判断で動き、

アスガルドへの進撃を開始しただろう。

結果神闘士殲滅、地上代行者の抹殺はもちろん、アスガルドも反逆の地として聖域に併合される流れになったかも……ということだよ。

黄金聖闘士が5人残っていれば十二分に可能。

まあ、神闘士のうち数名は、黄金聖闘士といえども屠るまでに苦戦を強いられたかもしれないがね」

ヘイムダルの微笑みは、一層優しくなる。

前に控えるグンターは目を見開いたまま、凍り付いたように動かなかった。




かわいそうに、大分衝撃を受けたのだろう。

ゆえに次のことは口にせず、心にとどめておいてあげた。

牡牛座タウラスの聖闘士の無事を知り、女神アテナは黄金聖闘士に聖域に留まるよう命じ、自ら赴いてきたのだ。

背後に聖戦を仕掛けたがっている海皇、またはほかのオリンポス十二神の影を感じ取っていたのかもしれないね」

その時のグンターには、言葉を受け止める余裕はとてもなかっただろうから。




「―――しかしそれほどの強者揃いの黄金の戦士たちも、冥府ヘルの王のために倒れた。

輝けるまなこ女神アテナの聖闘士はほぼ壊滅状態。もはや誰もラグナロクを止められぬ」

凍てついた強風の中、長い白金の髪を靡かせ微笑みながらそうつぶやき、神馬グルトップを駆り天翔ける光神は、

傍らで神馬ブローグズホーヴィを駆る戦神テュールに語り掛ける。

「そろそろ追いつきますね、テュールよ。元北極星の娘の妹に」

前方の山の上方に、栗色の馬に跨り駆ける、豊かな金髪を持つ娘の姿がぽつんと見えていた。





轟音と共に、止まることなく連続で襲い来る巨大刃。

その只中にあってシドは、一つの打開策を思いついた。

兄に視線を向ける。

兄バドと視線がぶつかる。

瞬間、確信した。

兄が自分と同じ考えを抱いていることを。




シドとバドは同じ場所に降り立ち、背中合わせに立つ。

動きを止めた二人目掛け、複数の刃が襲い掛かる。

シドは拳を構える。

「ヴァイキング・タイガークロウ!」

バドの声が聞こえる。

「シャドウ・バイキング・タイガークロウ!!」

両者から放たれた凍結拳。

二人を襲う寸前ですべての刃が凍り付き、砕け散った。

「な!」

神闘士の力がこれほどとは。

想定外の事態にグンターは固まる。

シドは壁に跳び、そこから天井目掛けて飛び上がり、バドは膝をついた姿勢から床に拳を叩き込む。

轟音と共に、二人の拳を受けた天井と床が振動する。

パラパラと氷の粒が降り注ぎ、床には霜が目立っていた。

そして静寂が訪れる。刃はもう現れなかった。

着地したシドは兄の傍に走り寄り、耳元に何事かを囁く。

バドは軽く頷くと、立ち上がりグンターに目を向ける。

獲物を引き裂こうとする凶暴さを秘めた、鋭い視線。

まさしく、剣虎スミロドンが目前に立っているようだった。





全身ががくがくと震えている。

「う……うわああぁぁ!」

叫んだグンターは剣を構えるが、歯の根があっていないのが見て取れる。

その狼狽の仕方にバドは思う。

(戦士の心構えが何もないな。本来戦いの場に出てくるべきではなかった奴だ)

そういえば、アルベリッヒという奴もそう言っていたか。

だが倒すべき敵、容赦はせん。

手を構え、鋭く長い爪を彼に向ける。



足を引いたグンターが喚く。

「いっ……行けえ! スリーズルグタンニ! 神闘士どもを引き裂けぇ!!」

そう叫び、手にした剣を振り上げ、投げつけるかの如く振り下ろすと同時に、

枝分かれした剣―――七支刀のようだった剣身、その片側からなぜか3つの突起が消えていた―――は空中に制止し、

シドの方向へゆらりと動くと、次の瞬間まるで矢のように向かってきた。




剣身は二つに分裂していた。

もう片方は真っすぐバドへと向かう。

スリーズルグタンニは、古代北欧語で"引き裂く歯"を意味する。

戦においても勇猛なる、神ユングヴィ・フレイの技に関わる言葉。

ユングヴィ・フレイはかつて名剣を所有していた。

持ち主の手を離れても、独りでに戦うことができる剣だったという。

神フレイに関わる名を持つこの技、おそらく敵を自動追尾する性質がある。



だが。

シドは剣の攻撃から身を守りつつ、ちらりとグンターの方を見た。

その手には離れたはずの剣がある。

ただ、最初に"バーニ・ベリヤ・ビャルトル"を放った時には剣身には6つの突起があったが、

思ったとおり。

今はその剣身に、突起は"ひとつしか残っていない"。




「兄さん! 頼みます!」

シドが叫び、バドが雄たけびを上げると自分にまとわりつく剣に拳を定める。

剣は発生した氷に封印された形になり、その場で停止し床に墜落した。

グンターは目を見張る。

シドを攻撃していた自動追尾の剣を、バドは柄を握って抑え込んだ。

「そっ……そんなことができるはずがぁ!」

叫んだグンターは、走り込んできたシドの姿をとらえて絶句する。

剣を構えようとする頃には、両腕を上空に伸ばしていたシドが技の名を発していた。

「ブルー・インパルス!」

悲鳴を上げる間もなく、グンターはシドの肉体と小宇宙から放たれたその衝撃インパルスに吹き飛ばされた。




グンターは部屋の天井に激突し、そのまま落下する。

突起をすべて失った剣が床に転がる。

シドは倒れたままのグンターに歩み寄っていく。その指先から長く、刃のごとき爪を伸ばしたまま。




かつて学んだ事柄の中に、北欧諸国と隣接するフィンランドの叙事詩・カレワラがあった。

サンポとは本来、カレワラに登場する呪的秘器。

神秘の力を持つ鍛冶屋に鍛えられ、冥界にも匹敵する暗黒の地ポホヨラに安置され、様々な宝を生産しポホヨラを富ませていた。

しかし英雄たちがサンポを奪回し、サンポを巡りポホヨラの者たちと戦となった結果サンポは粉々に砕け散り、海や地の宝と変化したという。

つまり、サンポとは豊穣をもたらすものであり、ゆえに北欧では豊穣を司るとされるユングヴィ・フレイと関連付けられるが、

破壊することが可能な秘器でもある。

三方に根を張った、とグンターが言った時、剣に残っていた突起は3つ。

消えた他の突起は、シドとバドを攻撃するための巨大刃に姿を変えたのではないか。

そう思案したシドは、グンターの言葉"ユングヴィ・フレイに関わる霊剣"から

残る技は剣に敵を自動追尾させるものではないかと推察し、兄にその推測と対策を早口で告げた。

グンターが倒れ突起もすべて失われた今、兄が阻止してくれていた自動追尾も断ち切られ、

分離した剣は消滅したようだ。

兄に目を向けると、その推測は当たっていた。

ほっと息をつき、グンターの傍らに立ったシドは、その顔が死相に覆われているのを見る。

とどめは必要か否か。

その時シドは、グンターがまだ口をきこうとしていることに気づく。






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