「言い残すことがあるか」

シドはグンターを見下ろし、声をかける。

「無駄……すべては無駄……なのだ……シド……君のしていることには……何の……意味も」

死が彼を覆いつくしつつあった。

シドは最期の言葉を聞くために跪く。

切れ切れに発せられた声が途切れるとがくりと頭が傾ぎ、それきり動かなくなった。



シドは亡骸と化したグンターを見ていたが。

「―――グンターよ……お前がアスガルドを裏切ったのは、それが理由だったのか」

そう呟く。

声に込められた苦さに、バドは弟を見やる。

「シドよ。そいつは何と言った」

ginreginギンレギン. 至高の神々、を意味する言葉です」

シドは立ち上がった。兄の方を見ることはせず。

「本来ならばこの言葉は、フルドゥストランディ家当主と跡継ぎ、そして沈黙の一族の長以外、アスガルドの誰も知ることはない。

オーディーンの地上代行者である、ヒルダ様でさえも」

重い口調に、バドはシドを見据えた。

「……だが最古の二神は知っていて、そいつに教えたということか」

「おそらく」

「至高の神々とやらは」

バドはすぅ、と軽く呼吸を整える。

「オーディーンの神族ではないのか」

「はい。明確に違います」

「どういうことだ」

シドはバドに向き直り、その目を見据える。

「バドよ。あなたもフルドゥストランディ家に生まれたもの。知る権利はあるでしょう」

しかしその時、異様な物音が近づいていることに二人は気づいた。

「なに?」

二人が目をやった扉の下から水が滲み出し、徐々に部屋の内部を侵食していく。

大きくなっていく音は、明らかに大量の水を思わせる。

「……どこから来た水だ?」

「ここから出るぞ、シド! どうも様子がおかしい」




双子の神闘士は扉を破り、部屋から脱出した。

廊下にはすでに浅い水流が出来ており、彼らの背後には階段が存在しているが、水が押し寄せうに沈んでいる。

「兄さん……ビルスキールニルが水没しています!」

「上がるぞ!」

これ以上水位が上がれば、神闘士といえども足を取られ思うように動けなくなる。

シドは最後に、昨日まで顔見知りだった敵のいる部屋を振り返ったが。

部屋の中の光景に目を見張った。



グンターの亡骸が、先ほどまで存在しなかった四角く平らな大型の岩、と見えるものの上に乗っていた。

異様さに刹那呆気に取られたシドは、

「シド!」

兄の怒号に気を取り直し、その後を追う。



シドとバドは、ビルスキールニルを上へ上へと駆け上がる。

高山ヒミンビョルグの山肌に張り付くように建っている巨大な館・ビルスキールニルは、自然と上部の方が高くなっていた。

長い廊下を駆け上った先に。

「フェンリル!」

仲間の姿を認め、声を上げるシド。

膝をついているフェンリルの前に、ほぼ崩壊している鎧をまといつかせて倒れている少女。

「何をしている! 水が押し寄せている、直にここも水没するぞ!」

しかしフェンリルの目が、何かを訴えかけていることにシドは気づく。

「どうした!?」

シドはフェンリルに問うた。

「こいつの……」

一度は言葉を飲み込んだフェンリルは、下の床に倒れている少女を指さす。

「この女の体に、何かいる」

「……なに?」

目を瞬くシド。

間髪入れずにバドが尋ねる。

「どこだ。何かというのは具体的に言えるか?」

「わからない……」

「とりあえず、女皇闘士ラグーナも連れてここを離れるぞ」

バドがそう声をかけ、すぐさま意識のない少女の体を抱え上げると、

何かが床に落ち、金属音を立てる。

シドは目をやり、床に転がった皇闘士ラグーナの少女のものと思しき、片刃の短剣を拾い上げた。




皇闘士ラグーナの少女を連れ、3人の神闘士はビルスキールニルの高所を目指して走る。

突如、異様な感触に3人は包まれた。

(なに……これは"壁"なのか!?)

シドには確かに何かに触れた、という感触はあった。

他の二人も同様だろう。

訝る暇もなく、3人の神闘士は"見えない壁"のようなものを突破していた。



水の音は遠くに聞こえていた。

押し寄せる勢いは止まっていないようだが、ここまでくれば少々の時間はあるとシドは判断する。

その時、小宇宙の波動が感じられた。

この周辺で、神闘士が戦っている。

グンターはシドが倒し、女皇闘士ラグーナはフェンリルに敗れたのが明白。

残るは最古の二神、戦神テュールと光神ヘイムダル。

主神オーディーンに次ぐ力を持つ神々に対して、神闘士単独ではあまりに分が悪いのでは。

助太刀に向かうべきではないか、と兄に告げようとして。



シドは兄バドが、フェンリルの訴えに耳を貸しているのを目にする。

そういえば、女皇闘士ラグーナの体に何かがいるとフェンリルは主張していたか。

「そいつの足……腰に近いところに、何かが動いているのが見えたんだ。虫、みたいな」

「虫だと?」

フェンリルの言葉に、シドは目を凝らす。

次に小宇宙の波動で、少女の体から異質なものを探り当てようとするが反応はない。

「――別に何も見えんが」

「でも……たしかに動いてたんだ」

「お前の言うとおりだとすると、皮膚の下に何かがいるということか?」

「そういうものを見たことはある。もしかすると"ティルベリ"かもしれんな」

「え?」

シドはバドに顔を向け、フェンリルも目を瞬きバドを見る。

「兄さん、今なんと?」

「ティルベリとは、アスガルドで秘術セイズに関わるものが使う虫だ。優れた秘術セイズ使いは体内にそいつを養っている」

「兄さん……詳しいですね」

「先ほど俺の村には巫女が来ていたと言ったろう。その老婆も体にティルベリを持っていた」

「すると、秘術セイズ使いにとっては危険はないということですか?」

「熟練した秘術セイズ使いであればな。巫女は言っていた、生半可なものはティルベリに食われると」

「食われる……」

シドはその言葉に眉をひそめる。

一方、バドは思い出していた。

子供のころ対面した、老巫女の言葉を。



「もう話すことはない。男は秘術セイズに触れてはならん。

秘術セイズに触れて無事でおれる男は、オーディーンただ御一人のみじゃ」




その回想を断ち切ったのは、突然の悲鳴。

神闘士たちの前に横たえられていた少女が、切り裂くような叫び声を上げ体を折り曲げていた。


 





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