フレア・元ネタ



ヒルダの妹・フレアの名前の元ネタは、北欧神話の女神フレイヤ(フレイア)から来ていると思われます。

思い起こせば、TV版アスガルド編に先立つこと約1か月前に公開された、劇場版『聖闘士星矢 神々の熱き戦い』に登場したゲストキャラにも

フレイとその妹・フレアが登場していました。当然、見た目も性格も立ち位置も被らない別キャラですが。

手元に現物が残っていないのですが、当時のアニメ雑誌(『神々の熱き戦い』が公開される前くらいの記事)では

"フレイとフレイヤ(またはフレイア)"と書かれていたような覚えがあります。

フレイヤ(フレイア)、と呼ぶと兄とかぶってまぎらわしい・またはフレアと呼んだ方がかわいらしい、といった理由があるのかな? と考えました。



そしてTV版アスガルド編におけるフレアの(オーディーンの地上代行者)ヒルダの妹、という設定は、北欧神話的に見るならいったいどういう意味があるのか?

ヒルダの元ネタはおそらくブリュンヒルデ(詳しくはヒルダの元ネタページにて)と思われますが

まあ、ワルキューレ=バルキリー(以下、ヴァルキューレで統一)の代表格のような存在。一方、フレアの元ネタと思われる女神フレイヤも、

大抵の北欧神話の本ではヴァルキューレのリーダー格、とみなされているから。

そういった理由かなー、と推測。




だ~がしかし、だがしかし。(懐かしい)

実は、北欧神話……というか、もう少し範囲を広げてゲルマン(民族)神話で見ると

なんとズバリそのまま、フレアという名前は登場しているんですね~。


菅原邦城『北欧神話』(東京書籍版)には、"フレア"はランゴバルド人 に伝えられた神話 に登場する、オーディンの妻の名前として載っています。

ちなみに、フレアとは「愛される者」を意味するとか。

何気に、アスガルド編のフレアにはぴったりな意味! と思うのは私だけでしょうか?


つまり、「フレア」は一部のゲルマン民族においては、オーディンの妻である女神フリッグを表す名前であった、ということです。

ここからアスガルド編からはそれますが、フレア・フリッグ・フレイヤという北欧神話の女神たちについて考えたことなどを少々。




興味のない方はこちらから→ 戻る




主神オーディンの妻・そして悲劇的な死を遂げる神バルドルの母として知られるフリッグ。

『ギュルヴィたぶらかし』(スノッリのエッダ第一部)では第9章と第35章に記述がありますが、

「彼ら二人(オーディンとフリッグ)から、われわれがアース神族と呼んでいる一族が由来する」(9章)

「(女神の中で)いちばん偉いのがフリッグだ」(35章)と、結構短めです。

一方のフレイヤは第24章・第35章に出てきますが、記述の分量も情報も豊富。

24章では、前章(23章)で説明された神ニョルズの子どもとしての紹介ですが、兄弟のフレイよりもはるかに熱量があるというかなんというか。

「アース女神で最も有名」ということと、住居と広間の紹介、"二匹の猫を連れて車に乗る"というのと(谷口幸男訳ではそのようになっていますね)

"貴婦人"の呼び名の由来であること、恋歌好きなので恋愛問題で祈願するのがうってつけ、ということ。

そして、オーディンと戦死者の半分を分け合うということ。



最後の記述から、北欧神話関連書籍の多くでフレイヤは、オーディンに仕え戦死者をヴァルハラへ運ぶヴァルキューレのリーダー格である、とされています。

ただ個人的には、確実にそうであるとも言い切れないのではないか? と思っていますが。

何にせよ、戦死者を獲得する特権を持つオーディンとそれを分け合う立場にあるということは、具体的描写があまりに少ないフリッグと比べた時

実はフレイヤこそがオーディンの妃でなのではないか? と思えてきますね。




ソルリの話とヘジンとホグニのサガ』という北欧伝説には、多少人間化されたかたちでオーディン・ロキ・フレイヤが登場し、

フレイヤは"オーディンと同居する愛人"と明言されています。

この伝説の発端でフレイヤは、4人の小人たちが作った黄金の首飾りを手に入れるため、彼らと一夜ずつを共にします。オーディンはロキからそれを聞かされ

ロキに命じて首飾りを奪わせ、返却の代償に二人の勢力ある王を戦わせ、かつ彼らは倒されるごとに蘇り

永遠に戦い続けるという事態を起こすようフレイヤに命じ、彼女は承知するのでした。



そして、これと似た要素を持つ伝説はフリッグにもあります。

『デンマーク人の事績』(スノッリの『エッダ』と同時代にデンマークで書かれた歴史書)第一の書・第七章(P33~35)でのフリッグは、

オーディンを崇める王たちがオーディンの像を黄金で覆い、さらに大量の腕輪を下げたのを

それらで身を飾りたいがために人を使って奪わせます。そのための手段が、相手と一夜を共にすることでした。

この不名誉のために、オーディンは自ら追放に身をゆだねたとあります。




つまり、フレイヤにもフリッグにも(北欧神話の代表的文献である『エッダ』にはないものの)、

高価な装飾品を手に入れんがため夫以外の男と関係した、という神話があるんですね。

一方、『デンマーク人の事績』では、フリッグの件以外にも神の栄誉に反する行為をした咎でオーディンが追放され、

王座が空席になった(そのため代理が即位した)という話が登場します。

つまりこれは、(主神でありながら)オーディンが国を空ける=放浪する・または旅に出る神である、という一面をそういう形で説明している……とも解釈できます。




旅に出る神というのは、フレイヤの夫……ほぼ名前しか知られていない"オーズ"の特徴でもあります。

先述した『ギュルヴィたぶらかし』第35章におけるフレイヤの記述には、

「フレイヤはフリッグにならぶ最もすぐれた女神で、オーズという男の妻になった」「オーズは長の旅路に出た。フレイヤは慕って泣いた」

「フレイヤはたくさん名前を持っている。それはオーズを探すために、よその国の人々のところをめぐったとき、さまざまの名を名乗ったからなのだ」

とあります。

旅に出て妻のところにいない夫、という特徴しか持たないオーズは名前がオーディンと似ていますが、

綴りが共通している(オーディン:Óðinn オーズ:Óðr)のを見ると、オーディンと同一の存在とも見れるのではないでしょうか。



装飾品のために夫以外の男と関係を持つ女神・フリッグとフレイヤ。

妻の元から旅立つ、または追放され不在の時がある神・オーディンとオーズ。



つまり、この二組の夫婦神は、そもそも同じ神だったのが二つの名で呼ばれ、別の神として記述された可能性が高いのではないか? と。

フリッグとフレイヤに限定すれば、もともとはランゴバルド人の女神フレアと呼ばれた時代、

「オーディンの妻」と「もっとも有名ですぐれた女神(そしてオーディンと戦死者を分け合う女神)」は同じであったのが

その後北欧神話が記述される時代には二人の女神に分かれて定着していた……、と考えられます。

これを象徴するのが、フレア・フリッグ・フレイヤの3名の女神すべてが

オーディンと共に戦の勝利・戦を行う王の運命・永遠に終わらぬ戦を決定する役割と神話を持っている点でしょう。




また、『エッダ』(スノッリ・ストゥルルソンの著作ではなく、『古代北欧歌謡集』として邦訳が出ている方)の記述から、別の方面でフリッグとフレイヤを見てみますと。

以下、『スリュムの歌』より。



すると、アース神たちのうちで一番美しいヘイムダルがいった。彼にはヴァンル神と同様、未来のことがわかるのだ。(15節)


次に、『ロキの口論』より。



フレイヤ「(前略)フリッグは自分からはいわないけど、先の運命はみなわかっているのですよ」(29節)




以上の引用で注目したいのは、アース神族のライバルであり、フレイヤ(と兄弟フレイ・父ニョルズ)がもともと所属していたヴァンル神=ヴァン神族が

「未来のことがわかる」という特徴を持っており、

同じ能力をフリッグも持っている、と(私が同一神説を唱えているwフレイヤによってですが)言及されている点です。

ということはつまり、オーディンの妻フリッグにはヴァン神族と同じ能力がある=ずばりヴァン神族の出身という可能性がある、

そしてヴァン神族出身のフレイヤに近づく特徴がある。とも言えるわけです。




ここから連想されたのは、(少し話を戻してw)星矢アスガルド編の元ネタ(参考)のひとつとスタッフに明言された

ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』における神々の関係です。(『ニーベルングの指環』の脚本は、北欧神話・伝説、ゲルマン英雄伝説を組み合わせて作られました)

序夜『ラインの黄金』に登場する神々・オーディンに当たる主神ヴォータンの神族ですが、

婚姻の女神である妻フリッカ、その妹はフライア、つまりフレイヤになっています。

ちなみに『指環』中のフライアは、役割的に北欧神話のイドゥンも兼ねています。

『ラインの黄金』のフライアは巨人に追われて兄に助けを求めますが

対象は"兄たち"であり、フレイに当たると思われるフローのほかに、トールに当たるドンナーにも呼び掛けてるんですね。

一人だけ名前に共通点がないなぁ……w ただ、北欧神話のフリッグは2度ほど"フィヨルギュンの娘"と呼ばれていまして、

フィヨルギュンは大地の女神ヨルズの別名のひとつとされる・ヨルズは雷神トールの母、

トールは『ラインの黄金』中のドンナーと同一の神(ドンナー、またはドナールはドイツもしくはゲルマン民族間での雷神=トールの呼称)と考えられているので、

そこからすると同じ"フィヨルギュン"の子であるフリッグ≒フリッカとトール≒ドンナーは兄弟(兄妹または姉弟?)と、

作者のワーグナーが判断した可能性もあるわけです。

そして、フリッグ≒フリッカとフライアが姉妹(私の考えでは、両者は同一の女神が分裂して定着したものですが……w)であるなら、

フリッカ・フライア・(フロー・)ドンナーが全部兄弟で別に間違ってはいないわけですねw


(以下、余談。

個人的に、北欧神話にはフリッグとフレイヤのように、元は同じ神だったのが神話文献内では分裂して別の神として語られている……ということがわりとあるのではないか、

と考えています。

このサイトで北欧神話を語るコーナーにて、その辺りを考察してみたページもありますので、興味のある方はご一読くださいませ。)


参考文献

『エッダ ――古代北欧歌謡集』谷口幸男・訳 新潮社 

『北欧神話』菅原邦城 東京書籍

『【図説】北欧神話の世界』E・デープラー画 W・ラーニシュ文 吉田孝夫・訳 八坂書房 2014年初版

『デンマーク人の事績 GESTA DANORUM』サクソ・グラマティクス 谷口幸男・訳 東海大学出版会 







    







TVアニメ『聖闘士星矢』のシリーズ構成・脚本を担当された小山高生氏のX(旧ツイッター)での発言によりますと、

「アスガルド編(当時は黄金の指輪編と呼称)」の企画は、劇場版に半月ほど先行していたそうです。

とはいえ、公開されたのは劇場版「神々の熱き戦い」の方が約一月先(1988年3月12日・アスガルド編第一話にあたる第74話は同年4月23日放送)ですので、

劇場版で没になったキャラクター「ミッドガルド」のデザインがTV版アスガルド編の「メラクのハーゲン」に流用された……

といった事態が起こっていましたが(キャラクター・聖衣デザイン姫野美智氏の談)。



東ゲルマンの一部族。民族大移動の際、北イタリアに王国を建設。(広辞苑より)

ヴォータンとフレアの伝説によると、ランゴバルド人の名は"長ひげ"の意味だそうです。



フレアの登場する伝説は『【図説】北欧神話の世界』で語られており、形式としては『エッダ』収録の『グリームニルの歌』に似ています。

つまり、フレアはフリッグのように計略を用いて、自身を頼ってきた部族(ランゴバルド人)に夫ヴォータンが勝利を与えるよう仕向けたのでした。



『エッダ』の「ヴァフズルーズニルの歌」冒頭では、巨人との知恵比べに行こうとする(つまり巨人国への旅に出ようとする)オーディンを

妻フリッグが引き留めようとするも、あきらめて送り出す場面があります。



 イドゥンは若返りのリンゴを管理している女神であり、そのリンゴでアース神族は若さを保っていました。

イドゥンが巨人シャツィに誘拐されたため、神々はリンゴを食べられなくなり老化した、という話をスノッリが伝えています。