シドとバドがビルスキールニルの一室に入り、 彼らもまた、高らかに鳴り響く喇叭の音を耳にした。 「ふふ。長く続いていたアスガルドの大いなる虚偽と欺瞞。これが終わりの始まりだ!」 グンターが嬉々とした表情で言う。 「―――どういうことだ」 冷めた表情でグンターを見据えていたシドが問う。 虹の橋がかかる、天空のオーディーンの居城・ヴァルホルが描かれた壁画のある広間で対峙する、ベネトナーシュのミーメと光神ヘイムダル。 「あなた方は、なぜアスガルドを滅ぼしたいのか」 しばしの間、無言で光神を見据えていたミーメが口を開いた。 「少し前も告げたことだが……滅びは万物の定め、神の与える必然というだけのことだよ。竪琴の戦士よ」 そう答えたヘイムダルは、その美貌に優しい微笑を浮かべている。 「ではそろそろ始めようか。そなたは神闘士の中でも強者のようだね。私を楽しませてくれたまえ」 ヘイムダルが右手を顔の前に上げ、指を鳴らした。 ミーメとヘイムダルの中間に、大きな影が浮かび上がる。 影が拳を前方に構えた。 「タイタニック・ハーキュリーズ!」 叫びと共に、巨大な光弾が放たれる。 影の姿は、大蛇を模したフェクダの神闘衣をまとったトールと化していた。 目を見張りつつ、ミーメは咄嗟に伏せ光弾を避ける。 通り過ぎて行った巨大な圧力が、神闘衣を通して皮膚や肉にビリビリと響いていく。 背後にあった大型の扉が砕け散る轟音。 「ふぅむ。最大の拳をこうもあっさりと避けられるとは。これはガンマ星の神闘士が不利かな?」 光神はにっこりと、うれし気な笑みを浮かべた。 「……!」 身を起こし瞬時に立ち上がり、ミーメはヘイムダルを睨みつける。 「次は懐かしいものを見せてあげよう」 ヘイムダルが再び指を鳴らす。 現れた影を認め、ミーメは愕然となった。 その耳を、甲高い喇叭の音が貫いていく。 塔のような大剣三本が聳え立っている広間。 巨大な剣の刃が、猛烈な速度でハーゲンとアルベリッヒの頭上を襲う。 咄嗟に避ける二人、砕け散る床。 「Das zweite heilige Schwert」 二人から距離を置いた広間の奥に立つ戦神テュールが、再び手を翳した。 「 先ほどのものとは別の剣がその手元に浮かび上がり、 「 厳かな声と共に、またも巨大な剣が正面から二人に突っ込んできた。 戦神目掛けて疾走し、上空に飛び上がったハーゲンは、 「グレート・アーデント・プレッシャー!」 炎の技を戦神へ放つ。 (……よし!) その様子を見たアルベリッヒは精神集中する。 彼の技・本来は人間を内部に封じ込めるためのアメジストを創り出す、"アメジスト・シールド"。 紫水晶の封印を意味するが、今回は"水晶の盾"を作る。 ただし瞬時に出来上がるわけではないので、時間稼ぎが必要だ。 戦神テュールはハーゲンの放った炎を腕の一振りで払った。 「 最初の技の名と共に、巨大剣が横から薙ぎ払うように着地したハーゲンを襲う。 何とかかわし、再度炎の攻撃を仕掛けようとするハーゲンの耳に届く喇叭の音。 「あれは……! 遂に始まったか」 アルベリッヒは喇叭の音がとどろいた方向を見つつ呟く。 ギャラルホルンを吹き鳴らした光神ヘイムダルは、吹き口から唇を離す。 その手の中の いつの間にか。 光神の隣に、戦神テュールが立っていた。 一言も発さず、巌のように立つ冷たい小宇宙のみを発する姿。 その手には一振りの剣が握られており、 彼は剣を鞘から抜き放った。 聖剣バルムングによく似た剣身。 それが光を放つ間もなく、戦神は剣を高々と掲げ、 船首に歩み寄ると前方へ投擲した。 ヒルダの視界から刹那に姿を消した剣。 遠くに見える北極海の向こうで一瞬光が走り、 巨大な氷がメリメリと裂け、大いなる闇がその間から溢れ出る。 不気味な何者かの咆哮にも似た唸りが周囲を圧し、大いなる闇を中心に北極海は渦巻いた。 北極海と冥界を繋ぐ航路・ブレサネルグが戦神テュールの剣・リディル=レギンレイヴによってこじ開けられ、 やがて、死の軍船ナグルファルがその姿を現す。 そう認識する間もなく。 ヒルダは身を締め上げる紐が、独りでに締め付けを強めたのを知った。 同時に体から力が抜け、意識が薄れ始める。 まるで紐に吸い取られていくように。 「ナグルファルがシンプリ・スンブルの起こす潮流に乗り、此処までやって来た時がそなたの最期」 角杯を手にしながら微笑みを浮かべるヘイムダル。 「フロルリジ様が直々にそなたを血ノ鷲に処される。 かつてはオーディーンの地上代行者であった身。ふさわしく毅然として、死に赴く準備をしなさい」 その言葉にもはや答える術も持たぬヒルダを眺めつつ、 「まあ、見苦しい様を示されてもフロルリジ様に対し失礼に当たるからね。グレイプニルは今そなたの小宇宙を少しずつ吸収しているが、 血ノ鷲を受けるまで死んではいけないよ?」 とても優しい表情で、光神は言った。 小宇宙を失いつつあるヒルダに背を向け、オーディーンの随神二柱はその場を立ち去る。 |